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和歌山地方史研究会
これまでに提出した要望書・声明


2005年12月根来寺旧境内遺跡の国史跡指定と保存・整備・活用にに関する要望書
2004年12月大門池の保存に関する県教委宛て質問書
2004年12月大門池保存要望に対する岩出町回答への再質問書
2004年10月根来・大門池の保存と調査に関する要望
2004年5月根来寺遺跡の保存・活用に関する要望書
1999年9月南部荘遺跡の調査方法、保存・活用に関する要望
1997年9月笠田荘遺跡の景観保存に関する要望
1988年6月文化財保護についての緊急アピール
1987年3月和歌山県立文書館(仮称)設置の早期実現にむけての要望





根来寺旧境内遺跡の国史跡指定と保存・整備・活用にに関する要望書

 和歌山県那賀郡岩出町にある根来寺は、平安末期に覚鑁が高野山上に建立した大伝法院をその前身とし、戦国時代には戦国大名と比肩するほどの一大宗教勢力を誇るとともに、その寺域はヨーロッパにも知られるほどの大都市として隆盛をきわめていました。一五八五年(天正一三)、豊臣秀吉の紀州攻めによってそのほとんどが灰燼に帰し、現在、旧寺域には焼失当時の様々な遺構が、そのままの姿で地中に眠っています。
 一九七六年(昭和五一)以来、旧寺域の発掘調査が国庫補助も受けて進められた結果、根来寺旧境内遺跡が国史跡に充分値する遺跡であることが判明しました。昨年も、室町末期の湯屋遺構や大規模な坊院遺構が隣接する形で発見され、また大門池で中世段階の堤体遺構が確認されるなど、遺跡の歴史的価値の高さは一層明らかとなっています。現在、大規模な中世都市遺跡としては、広島県草戸千軒町遺跡や福井県一乗谷遺跡が知られていますが、根来寺旧境内遺跡は質・量ともにこれらに匹敵します。そのためこれまで、地元や全国の研究者・研究団体はもちろんのこと、多くの一般の方々からも、この遺跡の保存と整備・活用を求める要望が何度となく提起されてきました。
 しかし、こうした要望にも関わらず、旧寺域においてはその後も各種の開発が進行し、工事のたびに発掘調査が行われて重要な遺構が発見されるに至っても、充分な保存措置が講じられないまま遺構が破壊されるといったことが繰り返されています。湯屋遺構や隣接坊院遺構についても、町はその具体的かつ有効な保存策を講じておらず、大門池についても調査が不充分なまま、その埋め立て・造成と町立図書館建設工事が進められています。更に最近、国登録文化財・県指定文化財である一乗閣(旧県会議事堂)の移転予定地で行われた試掘調査で、幅三メートルに及ぶ中世段階の砂利敷き道路遺構や覚鑁廟に通じる地鎮遺構など、これまでにない良質な遺構が検出されました。ところが、県はこうした発掘成果を無視する形で当初の予定通りに移転計画を進めようとしており、文化財の「活用」のために埋蔵文化財を破壊するという、文化財行政として非常に矛盾する行為をとろうとしています。
 こうした事態を招いた原因について、我々は次のように考えます。第一に、約三十年に及ぶ各種の調査と豊富な成果にも関わらず、根来寺旧境内遺跡を国史跡として指定し、保存・整備・活用を進めるための有効な措置・対策が講じられてこなかったこと。第二に、出土した遺物の保存・管理や研究・公開も充分とは言えず、遺跡の活用に向けての長期的な視野が欠如していたこと。特に最近、根来寺旧境内遺跡の国史跡指定に向けて準備が進められていたにも関わらず、いまだにその申請には至っていません。また、指定の範囲を現在の根来寺境内地や寺有地のみに限って申請しようとしているようですが、それでは寺有地以外の地の指定を待つうちに従来と同様の開発が進み、そこに眠る地下遺構を守ることもできない事態に陥ることは明らかです。このままでは、既にその損失が進行しつつある根来寺の歴史的景観を更に損ねてしまい、国史跡指定にもマイナスとなるばかりか、全国に誇り得る歴史的文化遺産としての根来寺の価値を大きく損ねる結果にもつながりかねず、我々は大きな危惧を禁じ得ません。
 以上の点から、大阪歴史科学協議会・大阪歴史学会・京都民科歴史部会・日本考古学協会・日本史研究会・歴史学研究会・和歌山地方史研究会は、以下の三項目について強く要望いたします。
一 根来寺旧境内遺跡を国史跡として早急に指定すること。また、それに際しては、\賁膕箸砲茲覲惱囘検討を経て、その範囲および今後の保存・整備・活用の計画を策定すること。∋棒廚糧楼呂砲弔い討蓮∈来寺旧寺域全域の歴史的景観の保存に配慮して、寺有地のみに限定しない、より包括的な範囲の指定を行うこと。J顕縦においても、県および町に対し、国史跡指定の申請が遅滞なく行われるよう、適切かつ必要な指導・助言を行うこと。
二 これまで県・町などの様々な主体による調査で発掘された遺物およびその他の諸資料を統一的に保存・公開し、根来寺旧境内遺跡全体の整備・活用を進めるための専門的な研究機関を設置すること。
三 現在計画が進められている一乗閣の移転について、仝は根来寺旧寺域の歴史的・文化的景観に最大限配慮して、移転場所を再検討すること。∨が一、現在予定されている敷地に移転を進める場合は、現状の歴史的景観に十分配慮するとともに、地下遺構を一切破壊しないこと。J顕縦においても、県および町に対し、移転と遺構保存のための適切かつ必要な指導・助言を行うこと。
 以上の要望につき、これまでの経緯をふまえて、関係部局で誠実に対応を検討されますよう希望いたします。またご回答につきましては、一二月二〇日までに日本史研究会事務局まで、文書でお寄せくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
 二〇〇五年一二月二日
文化庁長官 河合隼雄 殿
和歌山県知事 木村良樹 殿
和歌山県教育長 小関洋治 殿
岩出町長 中芝正幸 殿
岩出町教育長 數見之男 殿
大阪歴史科学協議会 委員長 梅村喬
大阪歴史学会 代表委員 栄原永遠男
京都民科歴史部会 代表委員 鈴木栄樹
日本考古学協会 会長 田村晃一
日本史研究会 代表委員 盒蕎嗣
歴史学研究会 委員長 木畑洋一
和歌山地方史研究会 会長 三尾功





大門池の保存に関する県教委宛て質問書

和歌山県教育委員会
教育長 小関洋治 様
和歌山地方史研究会
会長 三尾 功
根来・大門池の保存問題について


 日頃は和歌山県の文化財保護行政に多大なご尽力をいただきありがとうございます。
 さて、当研究会では先般、「根来・大門池の保存と調査に関する要望」と題する要望書を岩出町および和歌山県・文化庁に提出いたしましたところ、去る12月14日付で岩出町より別添の通り回答を頂きました。
 当研究会の要望書は、全国有数の中世都市遺跡としての価値を持つ根来寺の伽藍域とその門前町および膝下の荘園をつなぐ重要な位置にある大門池の重要性に鑑み、その堤体の全面保存と池面の可能な限りでの保存など、3項目を要望したものでした。しかし、岩出町は当研究会にこの回答を送付するより以前に、池底の掘削を含む造成工事を開始してしまいました。岩出町からの回答には、「文化庁からは、この事業については、『県と町で意見調整のうえ文化庁と協議を行うように』と指示を受けているところであり、以上のことから、…堤体の全面保存は考えておりません。」と記されており、「堤体の全面保存は考えない」ことが、「県と町との意見調整」の結果であるとも受け取れる回答を寄せています。
 そこで、当研究会として、下記の2点につき、県教育委員会としての見解を確認したいと思いますので、早急に検討された上で、2005年1月25日までに文書で回答をお寄せ下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。



1.岩出町はこれまで大門池の堤体および池底の埋蔵文化財についての確認調査を行っていますが、県教育委員会としてはその結果を具体的にどのように受け止め、堤体および池面の保存について、文化財保護行政の観点から、町に対し具体的にどのような指導および意見調整を行ったのか、これまでの事実経過を含めてご説明していただきたく存じます。

2.当研究会は、大門池の学際的な調査を含め、根来寺遺跡(根来寺坊院跡等)全体の総合的な調査体制の確立を求める要望をしてまいりましたが、これに対し岩出町は「県との協議中につき回答する段階にない」と回答しました。県教育委員会としては、大門池を含め、今後の根来寺遺跡全体の保存・活用について町とどのような協議を行い、また具体的にどのようなプランをお持ちでしょうか。





大門池保存要望に対する岩出町回答への再質問書

岩出町教育委員会
教育長 數見之男 様
和歌山地方史研究会
会長 三尾 功
根来・大門池に関する貴町回答書について(確認)

 先日は、お忙しい中、当研究会の「根来・大門池の保存と調査に関する要望」につきましてご回答(岩教第2210号)をお寄せ下り、ありがとうございました。
 ただ、回答書の日付(平成16年12月14日付)以前に、当研究会の要望とは相容れない工事が現地において既に始められていた点につきましては、貴町と当研究会の信頼関係に深刻な禍根を残すものであり、たいへん遺憾に思います。

 当研究会としましては、幹事会で協議の上、会員の総意として上記要望書を貴町に送付申し上げました。しかしながら、貴町からの回答書には若干曖昧な部分があり貴町の真意が伝わりにくい箇所がいくつかありました。当研究会の幹事会としましては、こうした回答では会員に十分な説明ができないばかりか、根来寺という全国有数の中世都市遺跡を擁する和歌山県を活動の拠点とする研究会として、根来寺遺跡の動向を注視する全国の歴史愛好家・研究者に対しても納得のいく説明ができませんので、別紙の6点につき、改めてご確認させて頂きたく存じます。
 この点につき、貴教育委員会内で早急に対応を検討され、平成17年1月20日までに、文書で回答をお寄せ下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。

(別紙)

根来・大門池に関する貴町回答書についての確認書


 平成16年12月14日付、岩教第2210号文書(以下、「貴回答書」)につきまして、以下の6点で若干曖昧な点がありますので、貴教育委員会内で早急に対応を検討され、平成17年1月20日までに、誠意ある回答をお寄せ下さいますようお願い申し上げます。

貴回答書で、
「文化財保護法では『国民の心構え』を規定していますが、貴重な国民的財産の保存のためにそこに生活する町民=国民の権利が著しく制限されることがあってはなりません。しかしながら、法の言う『地方公共団体の任務』を果たすと同時に、一般行政を行うものとして必要な施策・事業は行わなければなりません。文化財保護法の趣旨を十分理解したなかで、そこに暮らす人々、そこの集う人々のために生活を、安全を、利便を、まず第一に考える必要があることから、現在漏水している大門池の高い堤防について防災対策を行う面からも、公共事業として図書館の建設を行い、行政の責任において水害等の危険性を取り除き、住民の不安を解消してまいりたいと考えております。」
と述べられている部分について確認致します。

1.貴回答書では、「貴重な国民的財産の保存のためにそこに生活する町民=国民の権利が著しく制限されることがあってはなりません」とされていますが、当研究会ではそもそも図書館の建設そのものに反対しているわけではありません。当研究会が求めている「堤体を全面保存し、池面を可能な限り残して、再度、図書館の建設計画を最初からやり直す」ことが、何故、「町民の権利を著しく制限」することになるのか、ご説明下さい。

2.貴回答書では、あたかも「貴重な国民的財産を保存」することが、「そこに生活する町民の権利を著しく制限する」かのように述べられていますが、図書館建設が遅れる、ないしは、図書館を現在の計画地に建設しないことが、具体的にどのように町民の権利を制限するとお考えでしょうか。例えば、新しく建設される図書館の年間訪問者数をどれくらいと見込み、全国有数の中世都市遺跡として根来寺あるいはその巨大伽藍と門前町をつなぐ位置にある大門池を史跡として整備した場合に、どれくらいの観光客が見込まれると試算され、図書館計画を見直すことで生じる損失がどれくらいあるとお考えでしょうか。具体的にご説明下さい。

3.貴回答書では、「現在漏水している大門池の高い堤防について防災対策を行う面からも、公共事業として図書館の建設を行い、行政の責任において水害等の危険性を取り除き…」と述べられていますが、現在の堤防がどれほど危険なもので、また「水害等の危険性」がどれほど高いのか、根拠となる調査データなど開示して具体的にご説明下さい。また、当研究会としては、この「危険性」が堤体の現状を改変する根拠となっている以上、調査は第三者の学術的調査組織によって行われるべきものと考えています。

次に貴回答書で、
「現在の提体を切り下げ駐車場にする計画場所で設定していた堤体断割り箇所において、現在の大門池の提体と方向を異にする中世の時期と考えられる古堤体が残っている可能性が強くなったため、教育委員会で協議、検討した結果、この中世の時期と考えられる古堤体部分を保存するため、駐車場部分の一部計画変更を行いました。」
と述べられている部分について確認致します。

4.貴回答書では、「古堤体部分を保存するため、駐車場部分の一部計画変更を」行ったと述べられていますが、具体的にどのような計画変更を行ったのか、計画変更後の図面などを開示して具体的にご説明下さい。

次に貴回答書で、
「根来寺坊院跡の整備と活用については、これまでの成果を活かすため、町だけで進めるのではなく、国・県・根来寺との連携が必要と考えております。文化庁からは、この事業については、『県と町で意見調整のうえ文化庁と協議を行うように」と指示を受けているところであり」
と述べられている部分について確認致します。

5.貴回答書では、「町だけで進めるのではなく、国・県・根来寺との連携が必要」と述べられていますが、町としては具体的にどのようなスタンスで、国・県・根来寺との連携に臨んでいるのかを具体的にご説明下さい。

6.貴回答書では、「この事業については、『県と町で意見調整のうえ文化庁と協議を行うように』と指示を受けている」と述べられていますが、現地を見る限り、既に大規模な掘削工事が始まっております。県と町との具体的にどのような「意見調整」の結果、こうした工事に及んでいるのか、これまでの経緯を詳しくご説明下さい。

 以上について、確認させて頂きますので、貴町の誠意ある回答を鶴首してお待ち申し上げます。





根来・大門池の保存と調査に関する要望

文 化 庁 長 官 河合隼雄 様
和歌山県知事  木村良樹 様
和歌山県教育長 小関洋治 様
岩 出 町 長 中芝正幸 様
岩出町教育長  數見之男 様
根来・大門池の保存と調査に関する要望
和歌山地方史研究会
会長 三尾 功

 平素から文化財保護行政に多大なご尽力を頂き、まことにありがたく存じます。
 さて、私どもは、去る五月十七日、「根来寺遺跡(根来寺坊院跡等遺跡等)の調査・保存・活用に関する要望」と題する要望書を提出いたしました。その中で私どもは、…立図書館および町営駐車場(根来寺公園墓地西駐車場)の建設計画の中止と建設予定地の計画変更、∈来寺遺跡の保存管理計画の策定、J歛鹸浜計画策定のための学際的な総合調査の実施、などを求めてきました。
 しかし、この間、こうした要望は受け入れられず、町立図書館については、根来寺大門に隣接する大門池を造成して建設する計画が推進されていることは、まことに残念と言う他ありません。ただ、様々な条件のもと、図書館建設に伴う埋蔵文化財の確認調査が実施されたことについては、関係者のご尽力に深甚の敬意を表します。
 私どもとしましては、大門池の地理的環境およびその歴史的重要性に照らして、その調査成果には大きな関心を寄せ、現地の公開を求めてきましたが、その求めに応じて去る十月十四日、現地見学会が開かれましたことはまさに僥倖と言うべきと存じます。
 しかしながら、現地を見学した私どもをまず最初に驚かせたのは、調査地の一部で既に造成のための工事が始まっていたことでした。さらに見学会で、堤体の断面をつぶさに観察し、出土した遺物なども実見させて頂いたことをふまえて、参加者一同で意見交換をした結果、これまでの確認調査に、調査方法・調査成果の両面で様々な問題点があるとの結論に至りました。くわしくは、添付資料をご一読下さい。
 私どもは、こうした結論をふまえて、これまでの確認調査では、大門池の全体構造はほとんど明らかにならないと考え、改めて下記の3点につき、要望させて頂きます。この点につきまして、貴教育委員会内で早急に検討され、11月5日までに、文書にてご回答下さるようお願い申し上げます。

1.中近世の土木技術史上、貴重な事例となりうる根来大門池について、堤体を全面保存し、池面を可能な限り活かした形になるよう図書館の建設計画を変更すること。

2.万が一、遺構の一部でも改変する場合は、添付の所見を十分にふまえ、大門池の歴史的変遷が明らかになるよう徹底的な学術調査を実施し、きちんとした記録保存を行うこと。

3.上記2の実施に際しては、古土壌学・層位学などの専門家も含めた学際的な調査および検証の体制(現地公開を含む)を確立し、さらには正式な報告書を刊行すること。

添付資料
根来・大門池の調査に関する所見
和歌山地方史研究会
 今回の確認調査は、堤体の断ち割り調査を行って中世前期にもさかのぼりうる古堤体を検出するなど、全国的にも類例のない、貴重な調査事例であると考えます。  しかし、今回、遺構面を詳細に観察させて頂き、また遺物を実見させて頂いた上で、改めて研究会として検討を重ねた結果、これまでの確認調査は、遺跡全体の構造を把握するにはいまだ不十分なのではないか、という結論を得るに至りました。以下、その詳細についてまとめましたので、ご参考にして頂ければ幸いです。  まず出土遺物についてですが、その年代観の評価に明らかな誤りがあるばかりではなく、他所から混入した可能性のあるものまで堤体の年代観決定の根拠とされるなど、遺物への認識に甘さがあり、遺物の出土状況に対しての客観的な信頼性も低いとみなさざるを得ません。例えば、見学会当日に配布された資料で、南側堤体(10G)の第A悗蓮17世紀後半」に形成されたとありますが、それを根拠づける遺物の年代観の評価には誤りがあります。また、当日拝見させて頂いた遺物の中に、明らかに14世紀以前に遡る遺物があり、大門池の構築年代を考える上では無視できないものと思われますが、この遺物については当日の資料の中では十分に位置づけられていませんでした。
 確かに、今回の調査では、調査範囲に比して出土遺物が少ないという条件は理解できます。しかし、そうであるならなおさら、遺構の精密な調査から遺跡の全体構造を把握すべきではないでしょうか。これまでの調査では、土壌分析・花粉や珪藻分析などは行われていないとのことですが、本来なら、古土壌学・層位学の専門家の参加を得て、各試掘抗で検出した土層相互の層位関係が整合的に解明できるような、より学際的な調査を実施すべきでしょう。しかし、これまでの調査のような造成範囲に沿った試掘抗の配置のみでは、そうした層位関係に基づく遺構の評価をするには不十分です。また、中世と近世の池床では当然レベル差があるものと思われますが、南側堤体(10G)では、地山と池床がいずれも未確認のままであり、必然的に堤体の築造時期の推定も曖昧なままとなっています。さらに最も重要な点は、時期の決め手となる中世の堤体はごく一部しか調査されていないという点で、このような状況では、大門池の歴史的な築造・拡張過程の変遷は明らかにならないと言わざるを得ません。このような不十分な調査では、全国的にみても貴重なこの遺跡の今後の取り扱いについての判断も、とうてい不可能であると考えます。
 ところで、私たちはこれまで、調査終了時点での現地見学会の実施を申し入れてきました。しかし先日の見学会の際には、西側堤体(11G)や池底部分において凝固剤を入れて地盤を固めるなどの工事が既に進められていました。調査と工事を同時並行で進めるこのような方法は、堤体・池面の全面保存を求めてきた私たちにとっては、それが仮に叶わず、次善策として記録保存のための追加調査が行われる事態に際しても、十分な調査体制と調査期間が確保されるのかという、町当局に対する重大な疑念と不信感を抱かせるに十分な行為だと考えます。
以上の点をふまえて、要望書に示しましたような3点の要望につき、貴教育委員会内で早急に検討されるようお願い申し上げます。





南部荘遺跡の調査方法、保存・活用に関する要望

 日頃の文化振興のためのご尽力に対して、深甚の敬意を表します。
 当会では去る七月二九日南部荘遺跡について研究例会を実施し、全国の中世考古学(条里形成史・方形居館論)・文献史学(中世文書論・海運史)・美術工芸史の専門家より報告・コメントを受け、多角的に検討しました。その結果、畿内諸県の荘園遺跡において、条里・居館跡・木金石造物など諸遺構が集中的かつ関連性をもって残存する稀有の例であること、今後の調査の精度次第では、前近代の地域開発の過程を考察できるかけがえのない事例であることが確認されました。とりわけ高田土居遺跡につきましては、外郭をもつ方形居館で、南部新荘・吉田地域の開発と関わり、荘園港湾部との計画配置も予想されることが指摘できます(この研究成果の詳細につきましては、会誌『和歌山地方史研究』で順次公表)。以上の検討にもとづき、次のような学術上の要望と提言をいたしますのでご検討下さるようお願い申し上げます。

一 荘園遺跡としての総合的調査の必要性について
 開発予定地区内の個々の遺跡の歴史的意義を明らかにするためには、南部荘遺跡という視点から、相互関係を重視した総合的調査(文献史学・美術工芸・地水利学など)をする必要があります。とくに発掘の先行している地域、広域にわたる圃場整備予定地につきましては、早急に総合的調査の体制を整えるようお願いします。

一 条里地割遺構の調査について
 圃場整備の計画のある条里地割については、既調査区において遅くとも一二世紀に遡る中世水田面が確認されており、条里地割の起源と拡大過程を明らかにできる事例と思われます。平野全体にわたって水田面の層位を慎重に調査するようお願いします。

一 高田土居遺跡の調査について
 高田土居遺跡は二重堀の複郭方形居館と推定され、かつ南の館状地割との計画配置の可能性が高く、埋蔵文化財包蔵地の範囲に限定しない慎重な調査が必要と考えます。また南の館状地割についても、金石文等の集中度から南部荘の重要拠点と考えられ、埋蔵文化財包蔵地同様の配慮をお願いします。

一 高田土居遺跡の保存・活用について
 地域開発および交通の拠点に立地する複郭方形居館の高田土居遺跡は、全国の荘園遺跡においても類例のない重要な遺構であると思われます。インターチェンジの取り付け道の位置を再検討し、中世荘園のシンボル的遺構として保存・活用するようお願いします。

 一九九九年九月一日
              
和歌山地方史研究会
和歌山県知事 西口勇 殿
和歌山県教育長  小関洋治殿
和歌山県土木部長 大山耕二殿
和歌山県農林部長 島本隆生殿
南部町長 山崎繁雄殿
南部町教育長 荒堀清隆殿
南部川村長 山田五良殿
南部川村教育長 岩本明博殿
農用地整備公団西部支社 支社長殿





笠田荘遺跡の景観保存に関する要望

 紀ノ川流域に象徴されるように、紀伊国は、著名な荘園(領域型荘園)の密集地であり、国立歴史民俗博物館編『荘園データベース』によれば、全国一研究論文が多く集中している荘園研究のメッカであります(第一位紀伊国245本、第二位山城国192本、三位近江国138本)。なかでも、神護寺領■田荘(現かつらぎ町)は、「■田荘絵図」(重要文化財)がほとんどの中学校社会・高等学校日本史教科書に掲載されており、中世の荘園景観を今に伝えるかけがえのない荘園遺跡として、全国の歴史学会や学校教育現場で、注目されてきました。
 ところが、この■田荘の中心部分(国道24号線とJR和歌山線に挟まれた地域一九ヘクタール分)に広域下水道の浄水施設(伊都浄化センター)を建設する計画が進行し、絵図に描かれた景観は大きく変容することになりました。すでに、実施された発掘調査では、延長一三○メートルにわたる中世後期〜近世初期の築造と推定される石垣状堤防という前例のない遺構が、荘園絵図の大道の南側に検出されました。この地は、中世初期の荘園開発ばかりでなく、前近代の河川館外や土木技術を考える上で重要な地域であることが明らかになりました。
 このような事態を重視した本会では、五月一一日に公開シンポジウム、七月六日に現地見学会を開催し、歴史学・歴史教育における■田荘の重要性、および学際的な指導体制のもとで慎重な調査をおこなう必要性を広く内外に訴えました。この間、網野善彦氏ら一一名を発起人とする一八八名の「■田荘故地の荘園遺跡および堤防遺構の調査に関する要望」が県に提出され、■田荘遺跡の保存・活用が全国の中世史研究者・教育者から注視されていることが明らかになりました。これらの提言をうけて、県は調査指導委員会を発足させ、考古学・歴史地理・文献による■田荘遺跡総合調査を実施しているとききますが、堤防状遺構の保存・活用などについては明確にされていません。
 このような現状に対して、本会は次の三点を強く要望します。

一、かつらぎ町・■田荘域は、中世荘園の景観や生活を体験できる全国でも数少ない地域であり、研究者のみならず歴史教育・生涯教育の上で重要であり、フィールドミュージアム・荘園博物館としての活用が望まれます。県は、浄化センター設立に際して荘園景観の保護に一層の配慮をし、■田荘遺跡の史跡指定にむけて取り組みを強化すること。また、其れを実現するために、地元関係自治体の理解を得るよう指導すること。

二、県は、■田荘遺跡の調査体制をさらに充実させ、学際的な組織・スタッフによる荘園全域を対象とした長期的な総合調査を実施すること。

三、堤防状遺構については、前近代の治水・灌漑・土木技術を考える上でかけがえのない遺構であり、研究・教育の両面より考えて、現地での保存・活用が望まれます。学術上意味のない形式的な移築ではなく、堤防状遺構全域を、野外展示する方策を考えること。

 一九九七年九月八日
                                        
和歌山地方史研究会
和歌山県知事 西口勇 殿





文化財保護についての緊急アピール

 今、和歌山県内では地域開発の動きが活発化し、そのあおりで文化財は破壊の危機に瀕している。
 マスコミ報道によって明らかにされたように、今年の初め、文化庁へ届けることなく、和歌山市は史跡和歌山城砂の丸に駐車場を設置した。幸い、文化庁の知るところとなって無届けの現状変更と認定され、現在は撤去されている。しかし、市は、これが文化財保護法違反であることを認めず、反省していないことから、再び駐車場化されることが危惧される。
 また、県は、十年前、根来寺遺跡内を通過する形で大型農道を敷設しようとし、そのため全国的な保存運動が起こり、その後、発掘調査が続けられてきた。しかし、国の史跡指定がなされないまま、最近、再び大型農道を延長する計画が強行に実施されようとしている。
 さらに驚くべきことに、県は、万葉の昔から風光明媚な和歌の浦の地、不老橋のそばに「新不老橋」という橋を架け、道路を拡幅して、片男波につくられる公園へ自動車を通そうとする計画をすすめている。すでに付近にマンションが建てられ、歴史的景観は一部破壊されている。
 この他、熊野古道のうち、中辺路ルートが「歴史の道」に指定され、整備されたのは喜ばしいことであるが、未指定の個所、また、整備の仕方にも問題がある。  このような和歌山県内における文化財保護行政の後退・停滞、文化財破壊の危機の進行を、歴史研究者・愛好者として、また、県民として見すごすわけにはいかない。
 全国においては、妻籠・今井町など町並みの保存・再生や、一乗谷朝倉遺跡の発掘・整備など、歴史的景観を含めた文化財の保護が図られている。これら文化財保護の考え方は、点(遺跡・遺物)中心から、環境・景観全体、つまり面の保存・整備へと発展してきている。
 こうしたことをみるならば、和歌山県・和歌山市などの文化財保護行政は、旧態依然たる考えに基づいているため、さしせまった危機に有効に対応しえないという現状にある。また、歴史的な文化環境を守るという地域の住民運動も立ち遅れている。
 行政は開発サイドにふりまわされることなく、文化財保護の観点を点から面に発展させ、保護・保存の立場を再確立させて、必要な措置をとることが強く求められている。また私達県民・市民は、先人達が残してくれた文化財を子孫に残す義務があるというだけでなく、今生きている私達自身の快適で心豊かな生活のためにも、歴史的環境を保存・再生し有効に活用することを求める必要がある。
 今、「面としての文化財保護」を強く訴えるものである。

  一九八八年六月三日
              
和歌山地方史研究会





和歌山県立文書館(仮称)設置の早期実現にむけての要望

 和歌山県教育委員会はかつて全国にさきがけて、全県下を対象とした『和歌山県古文書目録』の作成に着手し、多くの所蔵者の協力と調査員の努力とによって、先年この事業を成し遂げられました。このことは、この地の歴史を実証的かつ科学的に研究しようとしている私達をはじめ、和歌山県地域の研究に従事し、また歴史を愛好する人々に多大な便宜をはかることとなりました。
 また、現在継続中の県史編さん事業においては、県下の歴史資料を幅広く収集することにより、旧『和歌山縣誌』依頼の本県通史の空白部分を埋めるとともに、内容豊かな歴史像を描くことができるであろうと多くの期待が寄せられております。こうした先駆的な事業を推進してこられた県および県教育委員会の功績は、高く評価されるものと考えております。
 しかしながら、現状において、
 (1)開発や住居の建て替えが進む一方、過疎化の著しい地域も生じる中で、上記『古文書目録』に登載されたものやそれ以外の個人・団体の所蔵史料の散逸が進行しつつあり、かつ個人が所蔵・管理するための負担も大きくなってきている。
 (2)『古文書目録』作成の事業は、「現状の実態を把握して、保存対策の基本計画の策定に資する」ため実施されたが、いまだ保存のための有効な対策はなされていない。
 (3)県の諸機関においても、古文書・古記録などの歴史資料が所蔵されているが、それらは所蔵されいている期間の主目的とは異なったものであり、有効な活用がなされていない。
 (4)おびただしい数の県行政文書も、保存されることによって、将来的には和歌山県の歩みを知らせてくれる好個の歴史資料となり得、大いに活用しうるものであるが、ほとんどのものが数年の内に排気扱いとなり消滅させられている。
 (5)県史編さん事業の過程では多くの歴史資料が複写収集されたが、事業終了後におけるこれら複写資料の保存・管理および利用等に関する計画が明確にされていない。
などという重要な問題をかかえております。
 このような現状を打開するためには、抜本的な施策が必要であります。ところが、現有施設・機関においては非常な困難をともなうことは明らかであります。なぜならば、図書館・博物館などはそれぞれ固有の法や条例などによって規定される独自の性格をもつ存在であり、古文書・古記録など歴史資料はそのものの研究をともなわずには扱うことができないという特性を持ち、司書・学芸員が扱う対象とはまったく異質なものであるからです。
 「文書館」構想はすでに県の第四次長期総合計画に盛りこまれており、また現在多くの都道府県が、上記の内容とほぼ同じような認識をもって、構想をうちたて、あるいは文書館をすでに設置しているという事実に照らしても、その重要性・緊急性は明らかであると思われます。他府県に比べて多くの貴重な歴史資料を包含する本県が、その歴史的遺産を保存し、有効に活用するために課せられた責任は甚大であります。
 以上に述べたことから、私達は和歌山県に「文書館」の設置がぜひ必要であると判断し、県が英断をもってこの計画を早期に実現されるよう要望するものであります。関係機関において特段の配慮をもって、ご審議下さいますようお願い申し上げます。
 一九八七年三月三日
             
和歌山地方史研究会
和歌山県知事
 仮谷志良殿



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